「統合報告書」のすすめ

2025.04.10

 3月24日に東京では桜の開花宣言があり、会社近くの桜通りも満開を迎えています。寒暖を繰り返しながらも季節は春に向かっていますが、株式市場に目を転じるとまだ木枯らしが吹いているようです。原因は、アメリカ・トランプ大統領が次々に打ち出す経済政策と関税政策に対して市場が身構えていることが大きいと考えられます。
特に、アメリカの関税引き上げ策は、世界経済を減速させるとの見方が強まっており、3月17日には経済協力開発機構(OECD)が、2025年、26年の世界経済成長率見通しを昨年12月時点の予測より引き下げました。
 3月19日には、日本、アメリカで金融政策決定会合の結果が相次いで発表されました。政策金利は現状維持でしたが、両者の資料で共通していたのが、「不確実性(Uncertainty)」という単語でした。日本銀行のリリースでは、「各国の通商政策等の動きやその影響を受け(中略)、わが国経済・物価を巡る不確実性は引き続き高い」としています。アメリカ・連邦準備制度理事会(FRB)の資料にも、「Uncertainty」という単語が随所に出てきます。トランプ大統領の発言、具体的な経済政策を見極める状況が続くと思われます。

 一方、国内の企業業績は堅調です。2024年度第3四半期決算時に発表された2024年度通期の会社計画を集計すると、主要企業で構成されるTOPIX500(除く金融)で前年度比3%の経常増益で、第2四半期発表時に比較して2pts.強の上方修正です。アナリスト・コンセンサスでは、2024年度は同6%、2025年度は同7%の経常増益となっており、こちらも第2四半期から1pts.前後の上方修正となっています。業績けん引役の代表は、生成AI向けの半導体材料や最先端の電子材料、先端半導体向け装置などです。ただし、同じ電子材料を手掛ける企業であっても、汎用品の比率が高い企業では減益予想となっており、投資には一段の企業選別が必要のようです。

 企業選別の手掛かりになるのは、企業の開示報告書です。開示報告書には、図表1に示したように法令で定められた制度開示と企業の意思に任せた任意開示があります。
制度開示の代表は、決算時に公表される決算短信で速報性が重視されます。有価証券報告書は、財務データを中心に、企業戦略、ガバナンス、サステナビリティーなどが網羅的に記載され、100ページを超えるものが多いです。コーポレートガバナンス報告書は、コーポレートガバナンス・コードの原則への対応を示したもので、「資本コストと株価を意識した経営の実現に向けた対応」はこの中に記載されます。
 任意開示の報告書には、企業の持続性への施策を記載したサステナビリティー報告書、企業戦略を重点にガバナンス、サステナビリティー等を幅広く記載した統合報告書などがあります。
 開示報告書の内容には重複も多いですが、特に統合報告書への関心が高まっており、宝印刷D&IR研究所の「統合報告書発行状況調査2024年 最終報告」によると、狭義の統合報告書発行企業は、2020年比で2.2倍の1,122社です。この中には非上場会社もありますが、昨年末の上場企業の3割近くが統合報告書を発行していることになります。
 統合報告書をいくつか閲覧しましたが、社長メッセージから、価値創造のための企業戦略、コーポレートガバナンス、サステナビリティー対応までが網羅的に記載されています。100ページ前後のものですが、カラー、写真、図表が使われ、有価証券報告書の白黒文章主体のものに比べて格段に読みやすいです。法令の定めはなく、企業の創意工夫に任せられているため、企業戦略などがナラティブ(物語)になっていないか、具体性があるかなどを精査する必要はありますが、企業を知る上では重要な開示資料です。

(図表1)主な開示報告書

(出所)各種資料・報告書よりいちよし経済研究所作成

 参考に、統合報告書発行企業の株価推移を図表2に掲載しました。直近3年間継続して計測可能な企業の株価の単純平均ですが、TOPIXを上回っています。また、統合報告書を発行し、「資本コストと株価を意識した経営の実現に向けた対応」を開示、英文化している企業の株価推移も示しましたが、こちらの株価パフォーマンスはさらに良いようです。
 世界経済への不確実性から、株式市場は不安定な状況が続いています。こんな時は、統合報告書など企業の開示資料を読み込んで投資先企業を選別する良い機会です。統合報告書を読み込みながら、株式市場の春を待ちたいと思います。
(3月31日記 山中 信久)

(図表2)投資者の視点を踏まえた開示企業の株価パフォーマンス

(注1) 統合報告書提出:宝印刷D&IR研究所資料より広義の報告書発行企業を含む1,146社
(注2)統合報告書+資本コスト+英文開示:(注1)の企業から「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」の英文開示企業(2025年2月)661社。株価は3月25日現在
(出所)Astra Managerのデータを基にいちよし経済研究所作成  

ご留意いただきたい事項

  • この資料は情報提供を目的として作成されたものです。投資勧誘を目的としたものではありません。そのため証券取引所や証券金融会社が発表する信用取引に関する規制措置等については記載しておりません。
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