2022年新春号巻頭言
気候変動への取り組みが求められています
更新日 2022年01月07日
新年明けましておめでとうございます。今年は寅年、十干十二支では「壬寅(みずのえとら)」です。「壬」は「妊」に通じ陽気を下にはらみ、「寅」は「螾(ミミズ)」に通じ春の草木が生じるという意味があるそうです。「壬寅」の今年は、コロナ禍を克服し、新しい成長への芽吹きの年としたいものです。
今年の株式市場を考えるにあたり、株価の基本となる企業業績はしっかりしています。東京証券取引所の主要企業で構成されるTOPIX500(除く金融)の経常利益は、アナリスト・コンセンサスで2021年度は前年度比36%増益、2022年度は同10%増益が予想されています。コロナ禍で停滞していた経済の回復を受け個人消費、輸出が拡大したことに加え、企業の生産性改善への取り組みが功を奏し利益率が大きく向上した形です。
注目される投資の視点としては、昨年から引き続き気候変動への各国の対応策とそれを受けた企業の対応が挙げられます。昨年秋にはイギリス・グラスゴーでCOP26(Conference of the Parties)が開催されました。COPは国連気候変動枠組条約締約国会議のことで、1994年に発効した国連気候変動枠組条約に基づいて1995年から毎年開催され、今回は26回目になります。
今回採択された「グラスゴー気候合意」では、世界の平均気温の上昇を産業革命前に比べて1.5度以内に抑える努力をすることが盛り込まれました。そのために、世界全体の温室効果ガス、特に二酸化炭素排出量を、2030年までに2010年比で45%削減、今世紀半ばごろには実質ゼロとすることが承認されました。大きな争点となった石炭火力発電では、当初の合意案の「段階的廃止(phase-out)」から、「段階的削減(phasedown)」と表現を弱める形で合意されました。
さらに、発展途上締約国への支援を、年間 1,000億ドルを超えて大幅に増やすことに加え、技術移転、能力構築の支援を行うことを先進締約国に強く求めることとなりました。
金融の世界でも気候変動への取り組みは大きな課題となっており、その代表的なものとして金融安定理事会(FSB)により気候関連財務情報開示タスクフォース(Task Force on Climate-related Financial Disclosures: TCFD)が設立されました。TCFDは、投資家が適切な投資判断をする上で必要となる気候関連の財務情報の開示を企業に促し、企業の環境問題への取り組みを促進させることを目的としており、2017年に「タスクフォースによる提言」を発表、気候関連のリスク及び機会に関して、下記の4項目を開示することを推奨しています。
(1)ガバナンス:ガバナンスの開示。取締役会による監視体制と経営者の役割の説明。
(2)戦略:組織のビジネス・戦略・財務計画への実際及び潜在的な影響。さらには、気候関連シナリオに基づく検討を行い、組織戦略のレジリエンス(強靭性)の説明。
(3)リスク管理:組織がどのように識別・評価・管理しているか。そのプロセスが組織の総合的なリスク管理としてどのように統合されているか。
(4)指標と目標:評価・管理する際に使用する指標と目標、その目標に対する実績を開示。
なお、(2)と(3)には、「情報が重要な場合には開示」とされています。また、(4)では事業者自らによる直接の温室効果ガス排出量(GHG)(Scope1)、他社から供給を受けた電気、熱・蒸気の使用に伴う排出量(Scope2)、Scope1、Scope2以外の事業者の活動に関連する排出量(Scope3)とその関連リスクについての開示も求められています。
この気候変動などに関する地球環境問題への課題に対して、2021年に改定されたコーポレート・ガバナンスコード(CG)では、積極的、能動的に取り組むように検討を深めることを求めています。今年4月に改編され始動する東京証券取引所のプライム市場上場企業では、「気候変動に係るリスク及び収益機会が自社の事業活動や収益機会に与える影響について、必要なデータの取集と分析を行い、国際的に確立された開示の枠組みである TCFDまたはそれと同等の枠組みに基づく開示の質と量の充実を進めるべきである」とされています。
TCFDの提言は世界で広く受け入れられ、支持する組織、企業は全世界で約2,860に上り、日本はその中で最も多く635の組織・企業が賛同を示しています。加えて、日本では政府の協力を得て民間主導で、2019年には TCFDコンソーシアムも設立され、約470の組織、企業が参加しています。その中で上場している企業は330社弱です(いずれも2021年12月15日現在)。各社のTCFDの提言で推奨されている項目への取り組みは、有価証券報告書や統合報告書などで開示されているので、投資の参考になります。機関投資家は投資対象の基準としてこのようなTCFDへの対応を重要視しています。また、資金調達に際しても優位になります。逆に、気候変動に負となる事業を手掛けている企業は、投資ファンドから除外される、資金調達が難しくなる傾向にあり、気候変動への取り組みは、株式投資の重要な基準の一つとなっています。
コンソーシアム参加上場企業の規模を時価総額でみると、時価総額 1兆円以上が27%、2/3が2,000億円以上の企業です。中堅企業にとって TCFDの項目を満たすために人、モノ、金の資源を投入することは容易ではなく、時価総額1,000億円以下の企業は1/4程度しかありません。
しかし、事業そのものが気候変動対応となっている中堅企業が数多くあります。太陽光発電、資源リサイクル、低環境負荷原料を手掛けている企業などで、温室効果ガスの削減、気候変動対応へ寄与する事業に特化している企業といえます。開示情報を見るだけでなく、企業が手掛ける事業を見落とすことなく投資をすることも重要かと考えます。
(2021年12月17日記 山中 信久)
(図表)TCFDコンソーシアムに参加している日本企業の時価総額構成
(注1)TCFDコンソーシアム参加企業は2021年12月15日現在
(注2)親会社が参加しているが未上場で、子会社が上場している場合は参加上場企業とした
(出所)TCFDコンソーシアムのホームページ、Astra Managerからいちよし経済研究所
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